日本海溝のS-net観測点で観測されたS波からスペクトルインバージョン法により推定した震源、伝播経路及びサイト増幅特性



要旨

 日本海溝海底地震津波観測網(S-net)は、東日本太平洋沖に設置された、地震計や水圧計を備えた150点からなるインライン型の大規模な海底観測網です。我々は、S-net観測点で記録された3.5<Mw≦7、深さ<70kmの地震による強震記録のS波データをスペクトルインバージョン法(※1)を用いて解析し、震源スペクトル、伝播経路、サイト増幅の基本的な特性を求めました。その結果、震源スペクトルはω-2震源モデル(※2)に概ね従い、応力降下量(※3)は震源の深さとともに増加し、太平洋プレート内の浅い地震では、同じ深さのプレート間地震より高い値を示すことがわかりました。伝播経路減衰(Qs)は概して周波数に依存し、先行研究よりやや大きい値が得られました。サイト増幅のピーク周波数は約0.2~10Hz、最大増幅率は10~50であり、ピーク周波数は海溝軸外(東)側の太平洋海盆上の観測点ではほとんどが2Hzより高く、海溝軸内(陸)側の多くの観測点では2Hzより低いという特徴がありました。中間周波数(約0.3~2Hz)の増幅率は、マルチチャネル反射法地震探査から推定された堆積層厚とともに増加する傾向が見られました。
 本研究によって、日本海溝域の海底地震観測点で記録された地震動における堆積層の影響を評価することができました。今後は、陸海地震観測網の各観測点において幅広い周波数帯での統合的な増幅モデルを構築することによって、より正確な地震動即時予測に繋げていきたいと考えています。

S-net観測点とKiK-net観測点におけるS波の増幅率
.S-net観測点(□)とKiK-net観測点(△)におけるS波の増幅率。左より、周波数0.33Hz、1Hz、5Hzに対する各観測点におけるそれぞれの増幅率を示します。

学術雑誌名など発表した媒体の情報

雑誌情報: Earth, Planets and Space (2023) 75:1
タイトル: Estimation of source, path, and site factors of S waves recorded at the S-net sites in the Japan Trench area using the spectral inversion technique
著者:   Yadab P. Dhakal, Takashi Kunugi, Hiroaki Yamanaka, Atsushi Wakai, Shin Aoi and Azusa Nishizawa
DOI番号: https://doi.org/10.1186/s40623-022-01756-6

備考

本研究は,JSPS科研費JP20K05055の助成を受けたものです。

用語の説明

※1 スペクトルインバージョン法
 複数の地点で取得された複数の地震による地震波形のフーリエスペクトルを求め、その特性が震源・伝播経路・サイト増幅の3つの効果の積で表わされるものと仮定して、最小自乗法でそれぞれの寄与を分離する方法。

※2 ω-2震源モデル
 観測された地震波をフーリエ変換することによって得られる震源スペクトルを記述する標準モデルで、低周波域ではスペクトル振幅が周波数によらないが、高周波域では両対数表示で-2の傾きをもつ(スペクトル振幅は、角周波数ωの2乗に反比例して高周波になるほど減少する)。

※3 応力降下量
 地震(断層破壊)が発生すると、断層周囲に蓄えられていた歪みエネルギーが解放され、断層面上の応力が降下する。地震の発生前後の応力の変化(応力降下量)は、大きい地震でも小さい地震でも、応力降下量は1~100MPa程度となる。