要旨
令和6年8月8日に日向灘において地震(MJMA 7.1)が発生し、宮崎県で最大震度6弱の地震動を観測しました。同地震の震源域が南海トラフ想定震源域の南西端に位置し、同地震の規模が大きかったことから、気象庁は南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を発表しました。この論文では同地震を対象として、陸域に展開する強震観測網で得られた観測地震波形に基づく断層破壊の進展過程(震源過程)の推定と、海域に展開するN-net(※1)で観測された地震波形のフォワードモデリングによる再現を試みました。
まず、防災科研の強震観測網K-NET、KiK-net(※2)の観測地震波形を用いて、同地震の震源断層においてどのように破壊が進展したのかを調べました。その結果、同地震の断層破壊は主に断層南部に向かって伝播しており、震源から約10 km南の位置で最大4.2 mの断層すべりが生じていたことがわかりました。また、本震時に大きなすべりが生じた領域では本震の前後にわたって地震の発生頻度が低く、スロースリップの活動も低調であることがわかりました。
次に、震源過程の推定結果に基づいて、N-netの観測地震波形を再現することを目的としたフォワードモデリングを行いました。ここでは、堆積層による波形振幅の増幅の影響や、地震波速度構造の不確実性の影響を受けにくい経験的グリーン関数(※3)を用いました。結果、12.5〜25.0秒の周期帯において複数の観測点でN-netの波形がよく再現されることを確認しました。このことは、主に震源の西側に位置する陸域の観測波形を用いて推定された震源過程が、震源の東側に位置する海域の観測波形も説明可能であったことを意味します。
図.(左)強震記録から推定された令和6年8月8日日向灘の地震の断層すべりの分布。赤い色の場所ほど本震時に大きなすべりが生じたことを意味する。星印は破壊開始点を示す。黒丸は震源断層周辺で発生した本震発生後一ヶ月間の地震活動を示している。(右)フォワードモデリングの結果を観測点ごとに示した図。黒線が観測された速度波形、赤線がフォワードモデリングにより合成した波形を示す。各波形の横に記された数字はそれぞれの波形の最大絶対振幅を表す。EW、NS、UDはそれぞれ東―西、北―南、上―下成分を意味する。それぞれの波形には周期12.5〜25.0秒のバンドパスフィルタがかかっている。
学術雑誌名など発表した媒体の情報
雑誌情報: Geophysical Research Letters, 52(10), e2025GL115401, (2025)
タイトル: Source process estimation for the 2024 Mw 7.1 Hyuganada, Japan, earthquake and forward modeling using N-net ocean bottom seismometer data.
著者: Ritsuya Shibata, Hisahiko Kubo, Wataru Suzuki, Shin Aoi, and Haruko Sekiguchi
DOI番号:
https://doi.org/10.1029/2025GL115401
備考
用語の説明
※1 海底地震津波観測網N-net
南海トラフ地震の想定震源域のうち、これまで観測の空白域となっていた高知県沖〜日向灘に整備された36観測点からなる地震津波観測網。18観測点の沖合システムと18観測点の沿岸システムで構成されており、今回解析対象とした令和6年8月8日日向灘の地震については沖合システムで取得された観測データが公開されています。この観測データにより、緊急地震速報や津波予測の精度の向上、そして当該地域における地震や津波の発生メカニズムの理解の深化が見込まれます。
https://www.seafloor.bosai.go.jp/N-net/
https://doi.org/10.17598/NIED.0029
※2 強震観測網K-NET, KiK-net
被害を及ぼすような「強い揺れ」を振り切れることなく正確に記録することを目的として、全国約1700ヵ所で強震観測を行っている防災科研の地震観測網。観測データは地震時の災害対応や地震ハザード・被害リスク評価などに役立てられています。
https://www.kyoshin.bosai.go.jp/kyoshin/
https://www.doi.org/10.17598/NIED.0004
※3 経験的グリーン関数
断層すべりの大きさや向きと、地震計によって観測される地震波形を結びつける関数をグリーン関数と呼びます。経験的グリーン関数は、本震の近傍で発生した本震と似た震源メカニズムを持つ、マグニチュードが本震より2程度小さい地震の波形をそのまま本震のグリーン関数として利用する手法です。この手法は、詳細な地震波速度構造の情報なしに堆積層による地震波振幅の増幅や速度構造の不確実性の影響を適切に考慮することができるため、速度構造の解像度が比較的低い海域における地震計記録の解析で効力を発揮します。