日本海溝海底地震津波観測網(S-net)における不具合について


平成30年12月28日
国立研究開発法人防災科学技術研究所

Ⅰ.経緯
 日本海溝海底地震津波観測網(以下、「S-net」という。)は、東北地方太平洋沖を中心に北海道沖から房総沖までの海域の海底に観測点(150点)を設置し、これらを総延長約5,500kmの海底ケーブル6本で結び、海域で発生する地震と津波をリアルタイムで観測する大規模な観測網である。この観測網は、文部科学省の補助金により国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下、「防災科研」という。)が平成23年度から平成28年度にかけて整備を行ったもので、150点の観測点には地震計及び津波を検知するための水圧計が設置されている。
 S-netの150点の観測点のうち、水圧の観測ができていないものが3点となっている。また、冗長性の観点から、1観測点につき2個の水圧センサが設置されている(計300個)ところ、水圧計のデータが取得できなくなる事象又は明らかに適正でないデータしか取得できなくなる事象(以下、「水圧計データ不良」という。)が発生し、これまでに合計21個の水圧センサに水圧計データ不良が認められる状況にある(平成30年12月27日時点)。
 このような状況を受け、S-netに何らかの不具合があると考えられることから、防災科研は、外部専門家の意見を聴取しつつ技術的な検討を行い、水圧計データ不良の要因分析及び今後の海底地震・津波観測網を整備していく上で必要となる再発防止策を取りまとめた。

Ⅱ.検討結果
1.水圧計データ不良の発生の状況
 S-netの150点の観測点のうち、これまで水圧の観測ができていないものが3点となっている。うち1点は平成27年6月より観測できていない。残る2点は、最も沖合に設置されたケーブルであるS6(観測点数は25点)にあるもので、平成29年10月、平成30年8月に、それぞれ水圧が観測できなくなっている。
 また、特にS6において水圧計データ不良が徐々に増加してきており、これまでにS6の50個の水圧センサのうち、14個に発生している。S6以外の水圧センサについては、250個中7個にデータ不良が発生している。

2.水圧計データ不良の要因とその背景要因
(1)水圧計の設置状況
 S-netの観測点にある海底観測装置の中には、水圧センサ部と観測回路部が隣接して設置されており、水圧センサ部には水圧センサアセンブリ筐体があり、その中に冗長性確保の観点から水圧センサ2個が格納されている。一方、観測回路部には地震計と水圧計のデータ及び地震計のデータを併せて海底観測装置から陸上に向けて送るための伝送回路が設置されている。
 水圧センサ内は、水圧センサ筐体によって耐圧性が確保され1気圧となっており、その中に気密室がある構成となっている。水圧センサ筐体の外側(つまり、水圧センサアセンブリ筐体内)は、シリコンオイル(以下、「オイル」とする。)で満たされており、このオイルには海底における設置深度と同じ圧力がかかっている。気密室内は真空となっており、その中にブルドン管が設置されている。ブルドン管内にはオイルによって圧力が導入され、それによりブルドン管が変形し、その先端の水晶振動子の振動数が変動することによって水圧変化を計測している。また、水圧を正確に計測するためには水圧計測部の温度情報が必要であることから、水圧センサの内部には温度計も設置されている。

(2)水圧計データ不良発生時における関連データの状況
 水圧計データ不良は、計測されたデータによると瞬時に発生し、その後継続する状況である。
 水圧計データ不良発生時の前後において、同じ水圧センサアセンブリ筐体内のもう一つの水圧センサは正常に動作しており、水圧計データ不良発生時には圧力変動(水圧値の減少)を観測している(注)
 また、水圧計データ不良の発生後において、その水圧センサ内部の温度計については、引き続き正常に動作しているものと、データに不良が発生しているものが見られる。水圧計データ不良が発生していない方の水圧センサ内部の温度計は、正常に動作している(注)
 さらに、水圧計データ不良発生時の前後において、同じ海底観測装置の観測回路部にある地震計は正常に動作しており、水圧計データ不良発生時には微小な振動を計測している。
 これら水圧計データ不良発生時の現象は、存在する全てのデータにおいて共通に確認することができる。
(注)他方の水圧センサに過去において既に水圧計データ不良が発生していてデータが取得されていない場合を除く。

(3)水圧計データ不良の要因
 水圧計データ不良の発生時の前後において、同じ水圧センサアセンブリ筐体内のもう一つの水圧センサや同じ海底観測装置の地震計が正常に作動し陸上においてデータを取得できていることから、水圧計データ不良の発生原因としては海底観測装置の中でも水圧計データ不良が発生している側の水圧センサ自体であると考えられる。
 水圧計データと温度計データは同一の回路を通じて水圧センサ部から観測回路部に伝えられることを踏まえると、電源系回路異常や耐電圧異常といった電気的要因の場合は、温度計データは併せて取得不能になると考えられる。しかし、水圧計データ不良となった水圧センサについて、その内部の温度計は水圧計データ不良の発生後も継続して動作しているものが見られるため、水圧計データ不良の要因は、水圧センサの機械的要因であると考えられる。
 機械的要因については、「気密室内の水晶振動子への機械的ストレスによる破損」、「気密室の封止漏れ」、「水圧センサ筐体へのオイルの漏れ込み(水圧センサ筐体の密閉性の破損)」、「ブルドン管からのオイル漏れ出し」の4項目が考えられる。
 「気密室内の水晶振動子への機械的ストレスによる破損」又は「気密室の封止漏れ」が要因である場合は、それらの影響が耐圧密閉されている水圧センサ筐体の外部に伝わることはないと考えられる。一方で、水圧計データ不良のある水圧センサに隣接する他方の水圧センサにおいて水圧計データ不良発生時に圧力変動を計測している。これを踏まえると、水圧計データ不良の要因は気密室内の水晶振動子の破損又は気密室の封止の破損ではないと考えられる。
 以上を踏まえると、水圧計データ不良の要因は、機械的要因の項目として残される「水圧センサ筐体へのオイル漏れ込み」又は「ブルドン管からのオイル漏れ出し」であると考えられる。これらは、いずれも水圧センサの耐圧性能が不十分であることによるオイル漏れとしてまとめることができる。

(4)水圧計データ不良の背景要因
 ①水圧センサ筐体へのオイル漏れ込みの要因
 水圧センサ筐体へのオイル漏れ込みの要因については、嵌合に依らないコネクタの接続施工方法と、水圧センサから信号を取り出すコネクタや圧力導入部等の耐圧性能不足の2つのいずれかであると考えられる。
 ②ブルドン管からのオイル漏れ出しの要因
 ブルドン管からのオイル漏れ出しの要因については、水圧センサの気密室内にあるブルドン管の耐圧性能不足と考えられる。

 以上を踏まえると、水圧計データ不良の背景要因は、
  (ⅰ)嵌合に依らないコネクタの接続施工方法
  (ⅱ)水圧センサの耐圧性能不足
  (水圧センサ筐体又はブルドン管の耐圧性能不足)
のいずれかと考えられる。
 (ⅰ)の背景要因であった場合には、コネクタ部品の製品仕様によれば、凹凸の嵌合を行ってコネクタを接続することにより一定の耐圧性が確保されるとしているところ、このような嵌合を行わず、凸部へのはんだ付けを行ったため、コネクタの凸部が嵌合した場合にはさらされない高圧のオイルに直接さらされる状況であったと考えられる。
 (ⅱ)の背景要因であった場合には、水圧センサ自体の問題であり、水圧センサの製造工程又は検査工程において耐圧性能不足要因が発生したと考えられる。

3.今後の不具合防止策
 今後の海底地震・津波観測網における不具合防止策としては、水圧計データ不良の2つの背景要因について対応する必要がある。そこで、以下の(1)、(2)の両方を実施し、不具合を防止することとする。

(1) 水圧センサ筐体のコネクタの施工方法に関する不具合防止策
 今回、水圧センサのコネクタにおいて、コネクタ部品の製造者により仕様として示されていた嵌合に依る施工方法をとらず、はんだ付けが行われた。これにより、コネクタの凸部は高圧のオイルに直接さらされる状態となり、オイル漏れ込みを発生させた可能性がある。これを防ぐためには、仕様に示された施工方法をとることを基本としつつ、水圧センサ筐体からの信号取り出し部については、対象海域の水深における水圧に十分耐えられる構造を採用するとともに、その機能が損なわれない施工方法により組み立てられることが必要である。

(2) 水圧センサの耐圧性能不足に関する不具合防止策
 水圧センサの仕様として示されている耐圧性能の不足が生じることを防止するには、次の対策が考えられる。
 製造工程及び検査工程において管理を厳格に行い、水圧センサの仕様に定められた性能を担保する。その上で、評価用水圧センサによる長期間の耐圧試験並びに実機全数の耐圧試験を行う。この二つの対策を並行して採用する。

Ⅲ.まとめ
 本取りまとめは、S-netにおける水圧計データ不良について、その構造や各種データ等について調査分析を実施するとともに、外部専門家の意見聴取を行った上で、水圧計データ不良の要因の分析結果、そして今後の海底地震・津波観測網における不具合防止策を取りまとめたものである。
 まずS-netにおける水圧計データ不良の要因は、水圧計や温度計及び地震計の作動状況を踏まえると、水圧センサの機械的要因であり、水圧センサの耐圧性能不足によるオイル漏れ(水圧センサ筐体へのオイル漏れ込み又はブルドン管からのオイル漏れ出し)であると判断される。そして、この水圧計の耐圧性能不足の背景要因は、コネクタ部品の仕様に示された嵌合に依る接続施工方法でない方法の採用、又は水圧センサの製造工程・検査工程における耐圧性能不足要因の発生と判断される。
 水圧センサ筐体のコネクタの耐圧性能不足を防止する観点からは、仕様に示された施工方法をとることを基本としつつ、信号取り出し部が対象海域の水深における水圧に十分耐えられる構造を採用し、且つその機能が損なわれない施工方法により組み立てる。水圧センサの耐圧性能不足を防止する観点からは、製造工程及び検査工程において管理を厳格に行い、水圧センサの仕様に定められた性能を担保する。また、評価用水圧センサによる長期間の耐圧試験並びに実機全数の耐圧試験を行う。これらの対策を併せて採ることにより、今回のような水圧計データ不良の発生の防止を図る。

謝辞:本取りまとめにあたり、外部専門家として、小平秀一センター長(国立研究開発法人海洋研究開発機構)、篠原雅尚教授(東京大学)、日野亮太教授(東北大学)、平原和朗名誉教授(京都大学)よりご意見をお伺いしました。ここに深謝の意を表します。